枕という枕が頭上を飛び交う。さんぴんが部屋の隅で怯えている。
この部屋に存在する枕は四つだったはずだが、同行している商人がどこからか調達してきたようだ。
今夜はもう、宿でゆっくり眠るだけのはずだった。
布団へ潜り呼吸を安定させるむらびとに、やぶいしゃが自身の枕を投げつけたのだ。
飛んできた枕をさっさと投げ返し、二度寝するむらびと。
しかし奴は、再び枕を投げてきた。
むらびともこれには腹が立ったようで、今度は自分の枕を握り、それでやぶいしゃを殴った。
「ちょ、反則! 反則!」
ゲラゲラ笑うやぶいしゃ。断りもなく枕を投げるのは反則ではないのか。
むらびと――今のところ、直ちに思考を言語化するほどの理性はないらしい――は眉間に皺を寄せ、握っていた枕を改めてやぶいしゃの顔面へ投げた。至近距離で。
そう、それは数十分前の出来事……『枕投げ』始まりの合図である。
「“みがわり”投げてんじゃねえよっ!!」
むらびとの叫びが轟く。彼は物静かな性格だが、やぶいしゃの煽りには結構反応するし、声量もある。
最初の反撃以来、彼は律儀に「枕を投げる」という行為を厳守している。
一方でやぶいしゃ側は、商人が提供する枕では飽き足らず、わざを使ってでも手数を増やしているようだ。数時間前、経験値を調整していたのはこのためだったのだろうか。
「ピッピピ〜」
彼はニヤニヤと下品な笑みを浮かべながら、なおも枕や人形を投げまくる。みがわりのついでにピッピ人形も投げている。声真似が微妙に似ていた。
互いに激しく枕(とか色々)を投げ付け合い、紙一重で避ける。
しかしむらびとは、それを見逃さなかった。
「クソが」
枕とピッピ人形に混じって飛んでくるみがわり人形を確認した瞬間、むらびとは全力の枕を見舞った。
――アルティメットピローシュート――
「ゴフッ」
腹へまともに食らい、倒れるやぶいしゃ。
彼の最大HPは134。最後に飛んできたみがわり人形は四つ目だった。
部屋は夜本来の静けさを取り戻し、むらびとは安らかな寝息を立て、商人は散らばった枕と人形を片付ける。
気絶しているやぶいしゃをしずしずと布団へ収めながら、さんぴんがつぶやく。
「何でやぶさんはこんなことしたんすかね?」
「今まで覚えたことのないわざでしたから、興奮して眠れなかったのではないでしょうか」
彼の性格上、直接聞いても正しい答えは返ってこなさそうである。